「これは夢ではなくって」第1話サンプル

 人生で大事なのは、注意力と慎重さ。いつだか親父は、そんな事を言っていた。
 んなこと言ったってチャレンジは大事だし、いくら注意したって駄目なときは駄目だ、なんて反論をその時にはした気がするけど、やはり親のいうことはとりあえずは聞いておくものだ、と、俺は改めて思った。
 注意力を働かせて、慎重に行動していれば
「ほら、こんなに硬くなってる……」
「んぁ……、そんなに、いじらないでっ……!」
 なんて、男相手、しかも友達の柴田有二を相手に、痴態をさらす羽目になんてなってないはずだ、と、いまさら言っても後の祭りなのだけれど。

 俺、長野優と有二は、家が近かったせいでガキの頃からの友達で、小学校のころにはよく一緒に遊んでいたし、中学の部活も一緒、高校を選んだ「家から近いから」というなんだかなぁな理由も同じ、そして高校2年の今年で、同じクラスもとうとう9回目という感じで、友達というよりは親友、あるいは実情としては腐れ縁、という感じの間柄だった。
 これが女相手だったら、幼馴染と思っていたらいつの間にか恋心が芽生えー、なんてイベントも起こりうるんだろうけど、男同士であればそんな事とは無縁で、あの女子可愛いよなぁ、隣のクラスのあの子いいよなぁ、あいつとせめて一発くらい……、なんていう会話の相手はまずこいつ、というポジションにお互いいるのだった。
 エロ写メを交換するほどではないにしろ、こういう話は自分の性癖がばれるわけで、おいそれと誰にでもできるようなものでもなく、そういう意味では文字通り『毛も生えていない』頃からの友達、というのは実に便利な存在なのだ、お互いに。
 ちなみに今は有二のみ彼女あり、お互いにセフレはなし。童貞喪失は俺のほうが早かったが、その後の女の数は有二のほうがちょっと……いや割と上、まぁ女を回してもらったりした事もあるので、悔しさ3割ありがた7割、というところではあるけど。
 と言う感じの、ただの付き合いの長い友達、普通に言えば悪友、よく言えば10年来の親友、だったはずなのだけど、どこでどう間違ったかな、主に有二は。

「優さぁ、今晩うちに遊びにこねぇ?」
 などと誘われたのは、いい加減梅雨明け来ないかね、という6月後半の、ある週末の金曜日。梅雨明けが近いってことは期末も近いんだよなぁなどと考え出す、とまぁそんなシーズンだった。
「んー、いいけど、そいやお前、この前付き合いだした相模野だっけ、あそこの彼女はどうしたんだよ?金曜の夜なんて絶好のチャンスじゃねーの?」
「あー、分かれた」
「えぇ? 勿体無いなぁ、あんな可愛かったのに。付き合い始めてまだ1月くらいだったんじゃん?」
「そうだな、まぁなんつーか、フィーリングっての、あわない感じでさ。そんな状態で付き合うのも、なぁ、ってことで」
「へぇー、でも、久々のマジ彼女だったんじゃん?」
「だからだよ、セフレにするならこんな簡単に手放さねぇって」
「ふーん、そうかぁ」
 さすがにそこで、じゃあ俺が貰う、などと言い出さない程度の心得はある。有二は遊びでも付き合うけど、何だかんだで本気の恋愛の時は真面目なのだ。そういうところは妙に義理堅いというか頑固というか一途というか、まぁそんな面もあるからモテるのだろうけど。
「じゃまぁ、ゲームでもしに行きますか」
「おうよ」
 と、意外と傷心というかそんな感じになっているんだろうな、これはいっちょ気でも紛らわせてやるか、くらいに考えてOKはしたのだが、ここで注意をして有二の様子を見てみれば、これまでのそれと今回のそれとでは様子が違うことに、もしかしたら気づいたかもしれない。

 有二の家に行ったのはその日の夜9時ごろ。初めはゲームを2人でやりつつ、どうせだからと酒も飲みはじめ、ひとしきり有二の愚痴話を聞く羽目になり、結局寝たのは日付が変わった0時過ぎ。
 ソファで寝たせいか、随分とひどい夢――鑑真和尚を名乗る女に襲われる、とかそんなのだったか――に半ばうなされて目が覚めた時にはすでに日が出ていて、時計を見ると7時を回っていた。
「おはよ。なんかすげぇうなされてたけど、体調悪い?」
「いや、問題ねぇよ、単純に、やー、な夢見てうなされてただけ……?」
 と、俺の顔を覗き込んだ有二に返事をしたところで、なんだか、自分の様子がおかしい事に気付いた。
 まず声が妙に高い。寝ぼけて裏返ったにしてもトーンが高すぎる。それに足の位置がおかしい。寝ようと思って横になったときは、若干足が肘掛からはみ出すぐらいだったのに、今はソファーにほぼぴったり収まっている。そして何より
「……何で俺は縛られてるのかな?」
「あ、ごめん、ちょっと説明する間は、ね」
 その両足は足首で束ねられているらしく、自由に動かせない。腕の方は、どうやら親指の部分で束ねているらしく、こっちも動かせないのは同じく。よくこんな手を知っているな、なんて思いながらふと目線を自分の足へ向けると。
「……っておいちょっと待て、これ何だよ!」
 Tシャツの胸の部分が随分と盛り上がっている。しかも、何か詰め物をした、とかそういう感触はない。これは一体……? と考えているうちに、さらに重大なことに気づいた。
「おっ、俺の、なくなってるじゃねぇか!」
 胸は立派に盛り上がっている代わりに、股間にある慣れ親しんだものが無くなっている。というか、この状況からして、どう見ても
「きちんと女性になってるなー、この薬、本物だったんだなぁ」
「お前……!」
 俺が女になってしまったことに、有二が噛んでいる事だけは間違いないようだ。

「お前、これ、どういうことだよ!」
 体を起こして、せめて頭突きでも食らわせようとしたのに、うまく体が動かない。足は縛られ、腕も後ろ手にされているので体を起こそうにも起こせないし、なにより寝起きだ。決して、女の体になってしまったがためにうまく動かない、なんてことはない、と信じたい。
「まぁ、聞いてくれって」
「聞けるか! ていうか説明しろ! ていうか今すぐ戻せ!」
「戻したんじゃ意味ないからなぁ、まいいや、説明はするよ」
「あん?」
「えーと、優の体がそんな感じに、というか女性の体だね、そうなったのは確かに俺のせいです。正確に言うと、俺が昨日酒に混ぜた薬のせい」
「殺す!」
 そういや昨日はやけに酒を勧めてくると思ったが、まさかこんな事のためだったとは。同じものを有二も飲んだはずだが、まぁ大方グラスに細工をした、とかだろう。
「まぁ待てって、別に俺だって、面白半分でこんなことした訳じゃねぇんだよ。その、俺はさ……」
「なんだよ、言ってみろよ」
 と凄んでみても、体は寝っころがったままだし、何よりその声はどこからどう聞いても女性の声。これじゃドスもへったくれもない。
「……笑うなよ?」
「こんな状況で、何聞いたって笑えねぇよ」
「そっか、まぁそうだよな。えっと……」
 と、急に言い淀む有二。これ以上何を躊躇することがあるのか、と精一杯にらみながら待っていると、
「俺さ、好きになっちゃったんだよ、優の事が」
「…………これは夢か?」
「いやマジ」
 んなわけはねぇ、目が覚めたら体が女になってました、おまけに10年来の腐れ縁の友達からは告白されました、なんてのはこれは夢以外の何物でもねぇ、と思ったのだけれど、徐々にしびれて来た両腕の神経は、間違いなくこれは夢じゃない、という事を俺に知らせてきていた。
「でも、俺は男で、優も男だ。それなのに好きだ、なんてのは普通じゃない。じゃあどうすればいいのか、って思ってる時に、噂を聞いたんだ。一時的に性転換しちゃう薬があるらしいぜ、ってね。これだ、って思ったね」
「どこがこれだ、だよどこが!」
 そんな与太話を聞かされるくらいなら、何もせずに『俺実はゲイだったんだ』と言ってもらったほうがよっぽど信じられる。まぁ、受け入れるかどうかは別問題だが、そっちは普通にありえる話だ。
「でまぁ、色々調べてその薬を売ってる売人をみつけて、上手い具合に手に入ったもんだから、早速使ってみたらこれが大成功、これで何も問題なくなるじゃん、って感じよ、どう?」
「どう、もくそもあるか! どこが問題ないんだどこが!」
 こいつは真性のアホだ、付き合いきれん、と呆れはしたが、呆れてみたところで放置して出て行けるわけもなく。手足は自由に動かせないし、大体この体、どうするんだ。
「少なくとも今は、俺は男で、優は女だ。だったら、今は付き合うのは問題ないだろ?」
「そんな事言ったってな、そりゃガワは女になっちまったのかもしれないけど、中身は男だぜ、そんなの問題ないわけが」
「駄目か?」
 駄目に決まってる、と言い返そうとしたところで、いままで立って見下ろしていた有二が急にしゃがんで、不安そうな表情をして顔を近づけてきた。
「う……」
 その表情を見て、なんでだか自分でも説明できないのだけど、即座に駄目だ、と返事をすることができなかった。昔々、好きな女に振られた時に見せた落ち込んだ表情に、ちょっと似てたから、かもしれない。よく考えれば、それで何で俺の気が引けるのか、という話にはなるのだけど。
「そんな事言ったって……」
「好きなんだ、お前の事が、とっても」
「や、だって……」
 だから、そんなに迫られても。
「こんな事したのは、ほんとにごめん。でも、なんていうか、止まらなかったんだ。自分の気持ちに、嘘がつけなかった。優のこと考えると、もうどうしようもなくなっちゃって」
「そ、そんな……」
「それに、今の優、すっげー綺麗だぜ?」
「は?」
 いきなり表情をがらっと元に戻した有二は、そう言いながら俺に向かって手鏡を向けた。いきなりの事に、何も準備できないまま覗いた鏡に映っていたのは、まぁ当然ながら俺の顔……のはずなのだけどとてもそうは見えない、要するに女性の顔をしたそれに、俺は思わず目を奪われてしまった。
「どうだろ? 正直、俺も予想以上だった」
「あ……、えっと、いや、その」
 元からはちょっと長くなって、肩のあたりまで伸びている髪は、色は元のままの濃い目のブラウン。まぶたは二重、まだ起きて間もないせいか、あれだけ怒鳴った割に表情はとろん、としている気がする。全体的にすらっとした印象のその顔は、元々の俺の面影も少しは残っているものの、おそらく普通に街を歩いている分には、ちょっと、いやかなり好みなタイプの女になっていた。
 確かにこれは、惚れるのもまぁわかるよなぁ……、などと、有二が俺を好きになったときは俺は男だった、という重要な事をちょっとの間見落とすくらいだった。
「それに、スタイルもすんげー良くなってる。見てみるか?」
「…………見てみたい」
 ぶっちゃげ、割と本気で、そう思ってしまった。顔がこんななんだ、体ももしかすると、なんて、少し期待してしまった。
「逃げない?」
「今この姿で逃げられないことぐらい、分かってるだろ?」
「それもまぁ、そうか」
 そういうと有二は、足首に巻いていたベルトをはずし、背中に手を回して、俺をソファから起こしてくれた。相変わらず腕は後ろで固定されたままだが、まぁ歩くのには問題ない。
 ちょっとふらつきつつ、有二に支えられながら、壁の姿見の前へ着てみると、
「どうよ?」
「こ、これは……」
 そこに映っていたのは、俺のはずだけど俺じゃない、なんだか不思議な姿だった。
 さっき手鏡で見た顔といい、小さくなったとはいえそれなりにある背丈といい、90はあるかもしれない胸といい、それでいてきちんとくびれている腰に、大きすぎず小さすぎずという感じのお尻、足もすらっとしていて、服は昨日寝たときと同じTシャツと短パン、という感じだからはっきりとは分からないけど、はっきり言ってしまえば、かなり好みな感じの女性の姿が、そこには映っていた。
 でも、まばたきをするのも、腕は動かないままで体を揺らしてみたりするのも、鏡の中の姿が動くのと俺が動くタイミングはぴたり一緒。まぁ鏡なんだからそりゃ当たり前だよな、ということで、てことはここに映っているのは、紛れもなく自分の姿、ということだ。すごく信じられないけど、妙に冷静になってしまった頭で考えた結果、出てきた結論はそれ1つだけ。
「やっぱり、綺麗だ……」
 そう言うなり有二は、肩に置いていた手を前に持ってきて、ぎゅっ、と俺の体を後ろから抱きしめていた。どくん、という鼓動が聞こえるくらいくっつかれて、俺は身をよじって振りほどこう、と思いはしたけれど、でも、行動には移せなかった。
「ほんとに、なんていうか、ごめん。ほんとはお前にも、先にきちんと説明するべきだったんだけど、止められなかった。なんていうか、受け入れられるか不安で。身勝手なのは、分かってるけど……」
「有二……もう、いいよ」
 そう言ってから、何より自分が驚いた。許してしまっていいはずはないのに、なぜかそう言った後も、その言葉を取り消そうという気にはなれなかった。多分、さっき見た不安そうな表情と、それ以上に心細そうな有二の口調のせいだ。
「……って、何してるの?」
「いや、あの、その……えへへ」
「いや、えへへ、じゃなくて」
 後ろからただ抱きしめるだけだった有二の手は、いつの間にか俺の胸の辺りまで上がってきていた。えへへ、と言った有二の口調は、なんというか切り替え早っ! というくらい、いつもの軽い感じで、というかなにより、その動かしている手は、明らかに胸を揉もうとしているんですが。
「いや、だってさ、こんなにおっきいんだよ? 勿体無いじゃん?」
「いや勿体無いとか勿体無くないとか、そういう問題じゃないでしょ」
「俺ってほら、色々と上手いからさ、悪い気分にはさせないよ?」
「そういう問題じゃ……ふあっ!」
「ほらね?」
 すごく、すごーく悔しいことに、そういいながら動かしている有二の手さばきは、なんていうかポイントをついていてそれでいてわざと物足りなくて、その、まぁ、参考にしたくなる程度に上手かったのだ。そう、あくまで自分が女にするときに参考にするだけだ。後で自分でやってみよう、とか、ましてもっとされたい、とかはぜんぜん思ってない。思ってないって。
「そうじゃなくて……、って、ちょっと待ってぁっ!」
「駄目。心配しないで、よくしてあげるから。」
「そ、そんな、ってダメ……!」
 Tシャツの上からぴっ、と乳首を引っかかれた瞬間、もう否定しようもないくらい女っぽい感じに、声を上げてしまった。